厳定院

                                                                                                       

厳定院について

本尊 大曼荼羅一塔両尊四士
正応2年(1289)の創立。開基 厳定院日尊。
沿革 開基檀越高梨正徳。開基檀越の一子で、六老僧大国阿闍梨日朗の弟子隆王麿、後の成就坊日尊が創建したことから、はじめ成就坊と呼ばれた。天文五年に厳定
と合併したと伝えられるが 詳細は明らかでない。 初代は 厳定院 日尊上人 (天文五=1536年三月遷化)、中興21世禅定院日逞上人 (享保3=1723年遷化)。40世久成院日芳上人は昭和6年 (1/937)に別院として常仙院隣に鬼子母神堂を開堂。厳定本堂は昭和8年に再建。池上七福神の弁財天をまつる。平成15年、立教開宗750年慶讃事業として厳定本堂屋根を鋼板本葺にて葺替、厳定客殿新築に着手。平成15年立教開宗750年慶讃事業として本堂屋根銅板葺替えならびに厳定本堂基礎耐震工事完成。更に厳定客殿庫裡改築工事を発願し平成17年6月完成する。

 

厳定院の祖像

祖像 説法像 (昭和56年、宗祖700遠忌に野坂法山師によって製作された)。本堂に奉安されていた祖師像 (享保5=1720年の作で寄木造) は厳定別院である鬼子母神堂に遷座。ちなみに 鬼子母神堂は1920、山田朝栄上人が子育て鬼子母神を勧請し、1931、本門寺総門前に建立したものです。

 

厳定寺と池上七福神

厳定境内に入ると厳定本堂の手前右側に、小さな堂に弁財天が祀られています。

厳定院の寺宝

大黒天版木 (江戸期) 観音像 (人間国宝・円鍔勝三作三十三観音の中の一体) 打出の小槌2個題目板碑 (宝徳3年=1451) 絵画 「雨後の山」(横山大観画伯)
祖像 説法像 (昭和56年、宗祖700遠忌に野坂法山師によって製作された)。厳定本堂に奉安されていた祖師像 (享保5=1720年の作で寄木造) は厳定別院である鬼子母神堂に遷座。 

         

厳定エコーホール

池上周辺では数少ない、葬儀会館(その他は寺院本堂でのお葬式が多い)ゆえに、他の場所に 比べて使い勝手がよいことが特徴です。

施設概要  貸し切り型、駐車場あり

エコーホール
厳定院エコーホール

厳定エコーホールの規模

式場内着席人数:推奨40人 最大50人
会葬者対応人数:200人

 

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日蓮宗の教え   お題目

妙法蓮華経(法華経)では、「是好良薬 今留在此(ぜこうろうやく こんるざいし)」といって、このお経は末法の人々を救う良薬、と譬(たと)えています。日蓮聖人は、南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)と唱えれば、良薬を服用したことで心身の病が治る、という功徳(くどく)が自然に得られる、と教えました。 意(こころ)に妙法蓮華経の信心を持ち、口に南無妙法蓮華経と唱え、身に妙法蓮華経を実践すれば、過去の罪障(ざいしょう)を消し去り、成仏(じょうぶつ)することができます。


日蓮宗の焼香マナー

  1. 祭壇に進み、遺族に目礼し、故人の遺影に向かって一礼します。
  2. 一度合掌します。
  3. 親指、人指し指、中指で抹香をつまみ、目の高さぐらいまでに持ち上げます。
  4. 抹香を香炉の中へ落とします。(1〜3回)
  5. 改めて遺影に向かって合掌します。
  6. 一歩下がり、僧侶と遺族に一礼し、席に戻ります。
            

   
 
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